はじめに
2023年3月24日(金)の夕方から宵にかけて、西の低空で細い月と金星が大接近(一部地域では金星食)が見られました。アストロアーツでも恒例となった「金星食ライブ配信」を企画。事業企画部・「ひろせ(星のソムリエ®)」による解説・天文雑談を中心に、五島列島からの「金星食」のリアルタイム映像をお届けする予定で準備を行いました。
しかし、金星食本番の数日前から立ち込める天候不良の兆し――。五島列島遠征担当である私、くぼたに降りかかる予期せぬトラブル――。そんな舞台裏のドタバタ劇から、普段と趣向を変えた企画作り、サプライズゲストの登場、そして「ステラナビゲータ12」プレゼント企画まで今回の金星食ライブ配信の記録を余すことなくレポートいたします!
今回の金星食ライブ配信の特長
実はこれまでアストロアーツでは、シミュレーション解説配信も含めて計3回の金星食ライブ配信を行ってきました。今回で4回目となりますが、夕方から宵にかけての金星食のライブ配信は初めてです。
日食や月食に比べて世間一般の認知度や注目度は低い金星食ですが、細い月とすぐ近くに寄り添うキラキラと明るい金星の光景はきっと多くの人の琴線に触れることでしょう。このような天文現象を一人でも多くの方と共有したい、そして、私自身もこの目に焼き付けたいと願い、金星食ライブ配信を行うことにしました。
企画段階から進捗をTwitterで公開・アイディア募集も!
少々裏側のお話になりますが、日食や月食、流星群など知名度の高い天文現象は一般的なニュースでも取り上げられたりSNS上でも既に話題になっていたりします。そのため、ライブ配信のプラットフォームであるYouTubeのアルゴリズムでも優遇されるようで、これらのアストロアーツのライブ配信も毎回多くの方にご覧いただいています。
しかし、対象が金星食となると少し様相が異なります。事前にライブ配信の告知・宣伝を積極的に行わないと、なかなか多くの方にライブ配信をお届けできないことがこれまでの経験からわかっていました。せっかく素敵な天文現象なのにもったいない!そこで今回は、Twitter、アストロアーツのWebニュース、同メールマガジン「星空アナウンス」などあらゆるメディアをフル活用して皆さまにライブ配信のお知らせをプッシュ、プッシュ、プッシュ!させていただきました。
特にTwitterでは企画の初期段階から、ほぼ毎日準備のようすを公開。ニッチなライブ配信であることや準備期間が限られていることを逆手に取って、企画の試行錯誤そのものをコンテンツ化しました。
さらに、企画内容に関してもフォロワーの皆さまにアンケート形式でアイディアを募るなど、視聴者と配信者の距離感をぐっと縮め、手作り感あふれるライブ配信となるよう工夫しました。
新発売「ステラナビゲータ12」プレゼント企画!
金星食ライブ配信の準備期間中にちょうど発売となった「ステラナビゲータ12」。金星食とともに新製品もぜひ知っていただきたいとの思いから、な、なななんと「ステラナビゲータ12+公式ガイドブック」を3名様にプレゼントさせていただく企画も!(ここだけの話ですが、Twitter上での応募が2名様だったため全員当選となりました😇)
五島列島から金星食の潜入・出現までを撮影!
今回の金星食が見られる地域は国内では主に九州西部、南西諸島に限られていました。既に宮古島へ向かう一行があるとの情報や交通の便を考えると、順当にいけば我々の遠征先も奄美諸島ないしは沖縄となる予定でした。
しかし、南西諸島まで南下すると金星食の潜入は見られますが、すぐに月が沈んでしまうため出現は見られません。そこで、ステラナビゲータを使用して「より月没時間の遅い」「より金星食の食帯の中心に近い」「より西の空が水平線まで開けている」条件の観測地を探し、シミュレーションを繰り返しました。
そこで候補に上がってきたのが、長崎県は五島列島でした。当初、月に金星が半分だけ隠れる「限界線」に位置する久賀島を目標にしていましたが、交通の都合や時間、予算の関係で断念。長崎からフェリーで直行できる福江島の北西部「辞本涯の碑」付近を観測地に決定しました。
ぜひストリートビューで下り立って見ていただきたいのですが、望遠鏡機材を展開するスペースもあり北西の空は水平線まで完璧に開けていて今回の金星食を撮影するには絶好の場所でした。
この場所では、金星食の限界線ではないものの、最大食の時間には金星がすっぽり月の内縁に触れるところまで潜ってすぐに出現するところまで見られることがわかりました。
マニアックな金星食を当日この場所から配信するのはアストロアーツくらいだろう、と自信とともに企画が練り上がってきました。五島列島といえば、今季の朝ドラ「舞いあがれ!」にも登場し馴染み深い方も多いはず。そして、五島うどん、鬼鯖、きびなご。うふふふふ、魅力いっぱいですね!
全国各地から見た金星食をシミュレーション!
また、実際の金星食の映像とともにアストロアーツの強みである「ステラナビゲータを使ったシミュレーション」「生解説」「チャットメッセージを受けてリアルタイム質疑応答」を盛り込んだタイムスケジュールを組みました。
- 曇ってもシミュレーションで現在の月と金星のようすを楽しめる!
- 視聴者のお住まいの地域から見た現在の月と金星をすぐにシミュレーション!
- 金星食の基本的な知識や面白話など専門家による生解説!
- チャットに投稿されたメッセージや質問に専門家がすぐに回答!
- のんびりゆるゆる天文雑談(アンケートで最も多かったご要望)
こうして視聴者参加型、プレゼント企画付き、五島列島からのレアな金星食映像、専門家による生解説・シミュレーションと手前味噌ながら非常に魅力にあふれた金星食ライブ配信は、当日の遠征と本番を残すのみとなりました。
悪天候とトラブルに見舞われる遠征組
金星食に限らず、天文現象の観測につきまとう心配事といえば、やはりお天気です。殊にアストロアーツのライブ配信においては、ひとりが雨男、もうひとりが曇男として名高いふたりが担当者であり(もちろん、科学的根拠はありません)、さらに新月後数日という天文ファン界隈でも悪天候率が高いと嘆かれがちな(これも科学的根拠はありません)時期も重なったためか、金星食当日は全国的にお天気が悪い予報となっていました。
「悪天候とわかっていながら、それでも五島列島へ行くのですか?」
そんな声が聞こえてきそうですね。答えは「YES」です。飛行機のチケット取っちゃったし!フェリーもレンタカーも予約してるし!機材も宅急便で送ろうとしているし!という現実的な理由はもちろんあります。しかし、悪天候の予報でも、万にひとつでも雲の切れ間が現れて、そこから神々しい月と金星が姿を見せ、あわよくばほんの数秒でも金星食のようすをこの目で見られたら、撮影できたら、配信して皆さんにお届けできたらと考えると、何があっても向かうのだとこの足が止まらないのです。
そして迎えた3月24日。まだ日も昇らぬうちから機材一式をスーツケースとボストンバッグに詰め、電車を乗り継ぎ羽田空港に向かいます。ギリギリの時間で手荷物を預け、保安検査場を通過し飛行機に腰を落ち着けました。ほどなく機体は離陸体制に入りました。
しかし、滑走路に入る手前で機長から「機材の不具合点検のため駐機場に戻る」とアナウンスがありました。「まあ、少しくらいならフェリー予約を変更して、レンタカー屋にも到着が遅れることを連絡すれば問題ないか」と安易に構えていました。
そのうち、アナウンスの内容に暗雲が立ち込め始めました。「30分ほどお待ちいただく」「お客様には一度降機していただく」
そして、とうとう「当便、欠航」「本日は他社便含めて全て満席」「振替便は調整中」という案内に。事実上、24日中の振替便は出ないという事態になってしまいました。
3月24日午前7時30分ころ、ソラシドエア(SNJ/6J)の羽田発長崎行き6J31便(ボーイング737-800型機、登録記号JA806X)が、出発時に機体左翼端とタラップ車が接触するトラブルが発生した。乗員乗客169人にケガはなかったものの、当該便を含め6便が欠航し、900人以上に影響が出る見通し。
Aviation Wire(https://www.aviationwire.jp/archives/273226)より
金星食に向けて、悪天候でも足は止めないという意気込みは変わりませんが、さすがに羽までは生えていないので五島列島行きはここで断念です。
さて、刻一刻と金星食の時間は迫ってきます。気持ちと行動の切り替えは早いに越したことはありません。ひとまず、ステーキ丼を食べながら行動計画の見直しを図ります。
金星食は諦めましたが「なんとしても月と金星の接近の映像はお届けしたい!」という強い意志のもと、まずは西の空が開けている東京アクアラインの「海ほたる」に目をつけました。羽田空港から一路バスに乗りますが、途中で乗り換えのため下車する千葉県・袖ケ浦バスターミナルの近くによさげなスポット「袖ケ浦海浜公園」を発見。
金星食の時間まで8時間は待機することになりそうなので、人の多い海ほたるでうろうろするより、広くて人様のお邪魔にならない海浜公園のほうがよいのでは?と考え、こちらを今回の最終目的地として決定しました。
バスを降ります。
停車場でタクシーに乗り込み「袖ヶ浦海浜公園まで!」と一声。
運転手「今日、海浜公園で何かあるんですか?」
くぼた「はい、金星食という天文現象がありまして、その撮影に――」
運転手「夜まで待つの?本当になにもないよ」
くぼた「大丈夫です、うろうろしながら待ちます」
運転手「本当に何もないよ!近場のコンビニまで数キロあるよ!」
くぼた「機材をチェックしたりジュース飲んだりしながら待ちます。ノートPCで仕事もできますし!」
運転手「あら、仕事で来てるの?」
くぼた「はい」
運転手「それなら、しっかり頑張れ!」
タクシーの運転手さんの激励を受けつつ、到着しました。袖ヶ浦海浜公園。
たしかに、海風とともに自分の人生とじっくり向き合えそうな静寂です。対岸には東京や横浜の摩天楼がうっすら見えます。ここであれば、天気さえ良ければ東京アクアラインの少し北側にばっちり月と金星の接近を捉えられそうです!
配信開始まで8時間。細々と仕事や休憩を繰り返しながら、ひたすら待ちます。
夜中から機材の準備をして、さらに日中は重い荷物を持って右往左往したため少し横になりたいと感じました。しかし、それは叶わず……。
海浜公園の昼下がりは、平和です。
公園に到着した頃は雲間に少し顔をのぞかせていた青空も、いつの間にか厚い雲に覆われてしっとりとした空気が流れ始めます。対岸のビル群もすっかり見えなくなってしまいました。
「長崎は今日も雨だった!」「長崎行きの飛行機に『舞いあがれ!』と祈った!」などいろいろ口上は考えていたのですが、そんなポジティブな気持ちも虚しく、袖ヶ浦にも冷たい雨が振り始めました。
これ以上天候の回復も望めず、気温もぐっと下がってきたため、残念ながら勇気ある撤退を決断しました。夜まで待機する道もあったのですが、安全第一です。
帰りのタクシーも、行きと同じ運転手さんでした。またも優しい言葉で慰められながら、袖ケ浦バスターミナルへ。
曇っても楽しい金星食
2023年3月24日20時。いよいよ金星食ライブ配信が始まりました。袖ケ浦バスターミナルからバスに乗った私は、未だバスの車内でした。スマートフォンから配信元であるZoomミーティングに接続し一旦耳だけで参加します。
番組は「#曇っても楽しい金星食」をキーワードに、シミュレーションを駆使しながら和気あいあいとした雰囲気で進行。本ブログでもお馴染み、星のソムリエ®でもある「ひろせ」とステラナビゲータ開発者「かみやま」のゆるゆる天文学雑談に花が咲きます。私、くぼたも後半30分ほど自宅から配信に参加しました。自宅→羽田→袖ヶ浦→自宅と大回りしてようやく配信にたどり着きました。
途中、サプライズゲストとして通称「天リフ」お馴染みの「天文リフレクションズ」の山口編集長がご登場!最新の「ステラナビゲータ12」を使用してその場の思いつきも含めた様々なシミュレーションを試しながら、雲の向こうで起きているはずの「金星食」を楽しみました。
ライブ配信の醍醐味は何といっても、チャットで相互にコミュニケーションを取りながら番組を進められることです。いつも視聴者の皆さまから「○○からは見えた!」「□□は曇ってて見えない!」など全国各地の空のレポートをリアルタイムに共有いただき、一体感に包まれます。
しかし、この日のチャットはまた別な意味で一体感が生まれていました。なんと、チャット上に月・惑星が続々出現してコメントを残していくのです!不思議なこともあるものです😇。
その他、実際の金星食ライブ配信のようすはぜひアーカイブ映像よりご覧ください。作業用BGMとしてもおすすめですよ!